京の彩り・染と織

近代の染織②-第四回内国勧業博覧会

2018年03月

 明治政府は、殖産興業政策を推進するために内国博覧会を開催することを重要な政策の一つとし、1877(明治10)年に第一回内国勧業博覧会を開催しました。その後第三回まで東京で実施されましたが、第四回の開催にあたり、京都と大阪が激しい誘致合戦を繰り広げました。京都は、交通・運輸の便が良いこと、町に歴史があり工芸美術品が豊かであることなどを理由に、「必す京都に於て開設せられんことを熱望懇請」(「明治二十七年第四回内国勧業博覧会開設の具申」『京都府百年の資料』)し、京都に決定しました。この博覧会は、1895(明治28)年に岡崎を会場として、遷都千百年記念事業の一環として開催されました。
 博覧会の審査報告(『第四回(明治廿八年)内国勧業博覧会審査報告』)によると、京都府は多数の絹織物を出品しており、総出品数9,121点の内、京都府が2,425点で最も多く、2番目に多い群馬県(1,204点)の倍以上でした。京都で織られている織物には繻珍、緞子、風通、縮緬、御召、繻子などがあり、輸出用としては「「リボン」織ネキタイ地、婦人洋服地、紋織ハンカチーフ地」などがありました。京都が産出する染織品は、「吾邦絹織物中美術ヲ応用シ技能ノ最モ優レタルヲ京都西陣ノ機業トシ染技繍工ノ最モ優レタルモ亦京都トス」と、織・染・刺繍のすべてにおいて優れていると評価されました。そして、「更ニ規模ヲ拡大ニシ欧米人ノ嗜好ニ投合スルノ佳品ヲ製出シテ大ニ輸出ノ途ヲ開カンコト当業者ニ取リテ忽諸ニ附スヘカラサルノ要務タルヲ疑ハス」と、欧米向けの輸出に力を入れることが必要だと書かれています。
 第四回内国勧業博覧会で、京都の染織品は技術と意匠の両面から高く評価されました。その一方で、染織業者たちは、近代化を一層推し進め輸出品の生産を拡大していくことの重要性を再認識することとなりました。

第四回内国勘業博覧会 表門正面

第四回内国勧業博覧会表門正面
(『第四回内国勧業博覧会写真』1895年、国立国会図書館蔵)

京都華頂大学教授 馬場まみ

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