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お母さんはいつでも家族の安眠大使・・・

京都西川は、3月27日(金)~5月10日(日)まで第2回ローズ母の日キャンペーンを開催し、“お母さんはいつでも家族の安眠大使・・・”をテーマに「お母さんとねむり」のエピソードを募集しました。

お母さんと一緒に眠った思い出や、お母さんが用意してくれたおふとんの思い出など、“ほっと”やすらいだり、思わず“くすっと”してしまうなど、心温まるエピソードを多数ご応募いただきありがとうございました。

審査の結果、以下の入賞作品を決定しましたので発表させていただきます。
なお、小学生の部、中高生の部は6月29日に当ページにて掲載いたします。

応募期間:2015年3月27日(金)~5月10日(日) 応募総数555通

審査員大賞

【新聞配達の間に】

私が幼い頃、母は新聞配達をしていました。
いつもは真夜中に出かけて朝方帰ってくるので私はぐっすり寝ているのですがある日、トイレに起きた私は母が隣に居ないことに気づきました。
慌てて一生懸命探して、泣きながら裸足で庭へ出た私の目に、仕事を終えて帰ってきた母の姿が映りました。
母は笑顔で「もう一眠りしようか」と一言。
もうほんのり明るくなっている空を見ながら一緒の布団に入って眠りにつく瞬間のお母さんの暖かい手、温もりと安心を今でも鮮明に覚えています。
とっても幸せなねむりの記憶です。

群馬県 女性 30代

審査員賞

【初めて義母にあったとき】

旦那の両親に初めて会いにいった時の事。
緊張のあまり車酔いをしてしまった私にとってもさりげなく毛布を持ってきてくれて「少し横になりな?」といってくれたお義母さん。
実母がいない私にとって心にしみるような優しい言葉でした。
あれから1年、お互い気も使わず仲良くしています。
今思い出してもあれは、すっと家族が増えたような瞬間でした。
安心して目を閉じた事を覚えています。
お義母さん、ありがとう。

神奈川県 女性 20代

審査員賞

【2人のお母さん】

私には2人のお母さんがいます。
共働きで、いつも忙しかったお母さん。そして、いつも一緒にいてくれたおばあちゃん。私が寝るお布団はいつも太陽の温かいぬくもりと、優しい香りがします。毎日おばあちゃんがお日様の下に干して、ぽかぽかでふかふかのお布団にしてくれるのです。そしてその優しい香りのお布団で眠りにつくと、夜中にこっそりお母さんが添い寝をしてくれます。お仕事でくたくたなお母さん。でも毎日必ずそばに来て、少しだけ一緒に寝てくれていたのを知っています。とっても嬉しかったけど、寝たふりをしてみたりして。そんな温かいお母さん。思い出がたくさん詰まったお布団。そして今、そのお布団に、私は息子と一緒に眠っています。お母さんがしてくれたように、お母さんになった私が。太陽の香りがするぽかぽかのお布団に、そっと手をつないで添い寝をしています。
思い出は20年たった今も色あせません。お母さん、ありがとう。

千葉県 女性 20代

審査員賞

【あたたかい手】

小さい頃はとにかく厳しかった母。
熱を出しても大人しく寝てなさいと怒られてばかり。

ある時、腹痛がおさまらずに緊急で病院へ行った。
寒さで震えが一晩中止まらなかった。
毛布を何重にかけてもらっても寒くてたまらなかった。
翌朝目を覚ますと手だけ温かい感覚があったのをはっきり覚えていました。
母が一晩中震える私の手を握ってベッドで横になってくれていました。
私は心の底から嬉しかったことを大人になった今でも忘れません。

あの時は本当にありがとうと今年の母の日に話してみようと思います。

愛知県 女性 30代

一般の部 佳作10選

一般の部佳作

【お日様の布団】

幼い頃、天気の良い日には、家の屋根に布団が並んだ。夕方、取り込まれる布団は、あったかフカフカで、お日様の匂いがする。外遊びしたままの体でダイブ!しては、よく怒られたっけ。でも、しょげたりなんてしない。夜には、お日様とお母さんに囲まれて眠る幸せが待っている。布団に入るまでのワクワクは、私の大好きな時間だった。

先日、息子と実家に泊まった夜のこと。布団に入った我が子が「お日様の匂いだァ」と声を上げた。聞けば、今日も屋根に布団が日向ぼっこしたそうだ。おばあちゃんになった今もなお、お日様の布団をプレゼントしてくれる。そんな母へ、心から「ありがとう」

島根県 女性 30代

一般の部佳作

【大好きなぬくもり】

遠出すると帰りの車の中では疲れて眠ってしまうような子供だった。

そうした時、母は家に着いても私のことを起こしたりはしなかった。幼い私の身体を抱え上げ、家の中まで運んでくれるのだ。布団に寝かせ、布団をかけてくれる。私はそうしてもらうのが大好きだった。

なので、そう。よく寝たふりだってした。

母に抱きかかえられて起きることや、家に着いた時のエンジンストップで起きてしまうこともあったが、家に着くより大分前に起きていたこともある。けれども私は目を閉じたまま、家までじっと息を潜めていた。

幼いとはいえ、その頃の私はもう小学生にはなっていた。例え母に抱き締めてほしくても、そう口に出すのは恥ずかしい年頃だ。

しかし、たぬき寝入りでそれは叶った。

優しい大好きな温もりに包まれて運ばれた先、温かい布団の中で私は改めて眠りにつく。私の大切な懐かしい思い出の一つだ。

茨城県 女性 20代

一般の部佳作

【親から子、そのまた子へ…】

結婚を機に家を出ました。実家では長年布団を使用していましたが、新居の造りの関係から布団は持って行けませんでした。母は最後まで「布団持っていかないの?アレすごく良い布団なのに…」と渋りました。実家に泊まることがあると、私にはその“いつもの布団”が用意されていたので、来客用にでもしたのかな?そう思っていました。暫くし、私は子供を授かりました。産後は実家にお世話になろうと思っていたため、産前に帰省。すると、私の使っていた布団が半分に切断され置いてありました。「これ捨てるの?」と聞くと、母は「赤ちゃん用の布団にリメイクしてるの」と嬉しそうな顔で答えました。それは、母が長年私の布団を綺麗に保ち続け、仕立ててくれていたからこそ出来ること。その時初めて、私は産まれる前も産まれてからも母の温もりの中で眠り、育ってきたことに気付かされました。本当に感謝。私も子へ温もりを伝えてゆきたい。

北海道 女性 20代

一般の部佳作

【母のてのひら】

家は私が学生当時では珍しかった母子家庭。クラスメイトでお父さんの話をしたり、テレビのドラマで家族や「父との再会」的な番組を見ると、どことなくお母さんの表情も申し訳なさそうにも見えた。
幼稚園のときには、「なんで家にはお父さんがいないの?」と聞いてしまって、いつも笑顔で強かった母が、ごめんね。と私をつよく抱きしめたのを鮮明に覚えている。あのとき母はきっと泣いていたのだが、その時の私は子供ながらに、その顔は見てはいけないんだと思った。
いつもどんなときも、優しいてのひらで頭を撫でながら隣で寝てくれた。
へこんだときも、嬉しい時も、反抗期も(背中を向ける小さな抵抗をしながら。笑)
母のあたたかな、手のひらが小さな時から好きだった。

あの時、涙で濡れた枕も。言葉以上に語ってくれたてのひらも、温もりも。今も大切な私の思い出です。
お母さん、ありがとう。大好きだよ。今日もゆっくりと休んでね。

北海道 女性 20代

一般の部佳作

【ワクワクの時間】

夜八時、今日もワクワクの時間がやってくる。私は急いで寝る支度を済ませた。母と弟と三人で川の字になって布団に入ると、私も弟も「お話して!」と母にせがんだ。そう、私達は母が昔話を聞かせてくれるこの時間を毎日楽しみにしていた。沢山ある話の中で一番のお気に入りは「おむすびころりん」だった。

「むかーし、むかしあるところに。」始まりの合図だ。話の中で、母はおどけたり、悲しんだり、怪人二十面相のごとく色々な声で楽しませてくれた。話はどんどん盛り上がった。「そしておじいさんが穴をのぞきこむと!」私達はぐっと息をのんだ。

 「・・・。ぐーぐー。」何だろうと思いみてみると母はいびきをかいて眠ってしまっていた。気持ちよさそうな寝顔で、一日私達のために頑張ってくれたのだと思った。私も弟もそのままつられて眠ってしまった。その日の夢は、おにぎりをみんなでいっぱい食べる夢だった。今でも布団に入ると思い出す暖かい記憶だ。

神奈川県 女性 20代

一般の部佳作

【母のいびき】

4歳と1歳の子を寝かしつけている静かな夜に、耳の奥に残っている低い音が聞こえるような時がある。
私が保育園に通っていた頃、母は保育士として働いていて毎日くたくたになりながらも私を寝かしつけてくれていた。保育園でたっぷり昼寝をしていた私はちっとも眠れず、大抵母の方が早く寝てしまった。そしてほぼ毎回と言っていいほど大きないびきをかいていた。私は母を起こしてうるさくて眠れないよ、私より先に眠らないでと文句を言うのが毎晩のことだった。自分が寝かしつける側になった今、子ども達より先に寝てしまうことは少なくない。当時の母の行動は全く自然なことだと実感している。そしてあのいびきを妨げたあの頃の自分を少したしなめたい。お母さん、毎日お仕事がんばってるんだよ、少し寝かしてあげようよと。あの低く少し耳障りだけど居心地の良い音、母が生きている愛おしい音が聞きたいなんて母に伝えたら、きっと少し嫌な顔をするだろう。

静岡県 女性 30代

一般の部佳作

【隣で寝ています】

小さい頃は、母と一緒に寝ていたけれど、年齢が上がるのとともに、一人で寝るようになり、一緒に寝ることはなくなりました。
けれど、結婚して、地元から転勤で関東に移ってから、帰省するたび、母の隣で、布団を並べ、寝るようになりました。
最初はテレもあったけど、今では当たり前のようになっています。
寝ながら思い出話をすることもあります。隣で眠る母の顔をみて、年をとったなあと感じることもあります。
母も私も年を重ねており、母と過ごせる時間が少しずつ減ってきていることを痛感しています。
なので、一緒に布団を並べる時間、大事にしたいです。いつまでも、こういう日を過ごしたいです。

千葉県 女性 40代

一般の部佳作

【優しくておっちょこちょいの母】

小学5年生の頃、私は成長痛がひどくて夜眠ることが出来ず、泣くもしくは発熱することが多かったです。毎日のように母を困らせていたと思います。そのおかげで5ヶ月で9cmも身長が伸びましたが・・。

私が眠りにつくまで、睡眠不足の中、母は足をさすってくれたり氷のうを取りかえてくれたり、献身的な看病をしてくれました。
そんないつもの眠れない発熱した日に、台風が直撃しました。停電した家の中でも、母はバタバタと1階から取ってきた氷のうをおでこにのせてくれました。安心して眠りにつき、次の日目を覚ますと、枕元に解凍された豚バラ肉がラップと共に散乱していました。

母は笑いをこらえながら謝り、顔を拭いてくれました。それからは間違うことなく成長痛の時期を一緒に乗り越えてくれました。いつも手をつないで眠ってくれた、そんな優しい母にとても感謝しています。

東京都 女性 30代

一般の部佳作

【おまじない】

朝早くから日が暮れるまで田んぼ仕事をしている母は、布団に入るとすぐ眠ってしまいます。家の中でゆっくり過ごす時間もないので、寝る前にクロスワードのようなゲームや読書をしたいらしく、枕元にいろいろ置いてありましたが、いつも同じページが開いてありました。諦めて片付けたら?と言いますが、よく眠るための「おまじない」だそうです。

そんな母の最近の枕元には、絵本が置いてありました。孫が泊まる時読んでいるようですが、やはりページは進んでいません。「ばあちゃんはぼくより先に寝ちゃうよ」と息子が言いますが、「おまじない」だからしかたありません。

岡山県 女性 30代

一般の部佳作

【我が家の寝言】

私が実家にいるころ、よく母は朝ごはんの時に「お父さんの寝言がうるさくて眠れなかったよー」と言ってました。そのたびに「ごめんごめん」と言ってた父。その光景は我が家の定番というほど頻繁でした。
先日実家に帰省して母と横で寝ることになりました。そしたら夜中に母が大きな声で寝言を言うんです。結構長い寝言です。
その時思いました。いつも父の寝言の文句を言って父があやまってたけど、母も言ってたのでは?本当は父も文句が言いたかった?色々考えながらも、年をとっても本当に仲のいい両親を微笑ましく思い、にやついて眠りました。
謎が残る我が家の寝言ですが、これからも二人が寝言を言い合い幸せに過ごして欲しいなと思いました。

広島県 女性 40代

一般の部 審査員の方々(順不同)

  • 株式会社京都新聞COM 営業局長 宮本実様
  • 株式会社union.a 代表取締役 円城新子様
  • 京都華頂大学 現代家政学部 教授 馬場まみ様
  • 株式会社京都西川 代表取締役社長 大河内徹心

中高生の部 審査員賞

【シャンプーの香り】

10年前、小学生に上がりたての私は怖がりでした。
寝る前に電気を消すことも私にとっては怖く感じるものでした。
ある日父がテレビで心霊現象などの特集を見ていた時、ちょうど一番怖い場面をたまたま見てしまったのです。
布団に入っても思い出してしまい、泣きながら隣で寝ていた母の布団にもぐりこみました。
母から「もう小学生なんだから一人で寝なさい」と言われまだ泣きながらしぶしぶ自分の布団に戻った時、「枕交換しようか」と言われました 。
母の枕に頭をうずめた時、優しく包まれるような匂いがしたこと、恐怖とは違う安心の涙がでたことを今でも覚えています。
その日の怖いことも忘れすぐ眠りにつけました。
当時の母のシャンプーは私が使っていたものとは違うものだったので、その枕は母の香りの塊のようでした。
今でも怖いことがあるとその時の香りを思い出して気持ちを落ち着かせるようにしています。

大阪府 女性

中高生の部 審査員賞

【最初から最後まで】

私が小さい時お母さんは一緒に眠ってくれていたそうです。ですが歳を重ねる毎にその距離は離れていきました。前までは私はもう中学生なんだから当たり前だよねと少し成長した気もありましたがどこか寂しい部分もありました。その夜に一緒に眠っていた頃の事を思い出しました。思い出しているとお母さんと私の距離は離れていくばかりでその度に別れの時が近づいていっているという事に気がつきました。
出会いがあれば別れもあるという言葉は今まではよく聞く言葉と軽く考えていただけでしたが、今はその言葉が重く苦しくのしかかってきました。別れの時を考えていると涙が溢れ胸が苦しくなり、次第に眠るのが怖くなり眠れない日々が続きました。そのような夜が続き体の不調心の疲れ等で私は学校に行けませんでした。ですが最近は母と一緒に眠る様になり落ち着いてきました。私は、別れの時は来るけど沢山の感謝を伝えられれば良いなと痛感しました。

静岡県 女性

中高生の部 審査員賞

【小さな頃からのふわふわ】

小さな頃に私はよく、怖い夢を見て夜中に目を覚ましては母と一緒に眠ったものです。
あの時のおふとんはとてもふかふかしていて暖かくて心地良かったことを今でもよく覚えています。
その暖かさは怖い夢を見て不安だった私を優しく包み込んでくれた、母のぬくもりだったのかもしれません。
今思い出すと、母は、ぽかぽかと暖かい晴れた日にはよくおふとんを日光に当てていました。私は、ふかふかの暖かいおふとんに包まれてふわふわすることが大好きで、母がおふとんを取り入れると、すぐにおふとんへ駆け寄っていきました。
そして、ふかふかのおふとんに何となく落ち着き、眠りました。
私は、高校生である今、母がいつもしてくれていたことに気付かされ、感謝の気持ちでいっぱいです。
私が小さな頃に怖い夢を見て母と一緒に眠った時に安心になり、心地良かったのも母の愛情がつまったおふとんに包まれて母と眠れたからなのかなと思いました。

京都府 女性

中高生の部 佳作10選

中高生の部佳作

【眠りの母】

私の母はよく眠る。私が帰宅した時も、夕食を済ませた後も、いつもの間にかリビングのこたつで母は眠る。
ちょっと寝すぎなんじゃないのかと思う反面、いつもと何ひとつ変わらずぐっすりと眠っている母を見ていると安心感を覚えるのも事実だ。母は毎日5-6時間ほとんどパートにでている。もちろん、私を含め家族のお弁当の用意やその他家事全般もこなしている。一度、母が体調を崩した時に、家事をしてみたが、なるほどこれは確かに疲れる。
母はいつも家族の為に、こんなにも頑張っているのかと驚いた。それと同時にこれは仮眠(母の場合は、もはや仮眠ではないが)を取らないといけないと納得した。だから、母の寝顔をみて安心するのは、今日も頑張ってくれてありがとうと心のどこかで感謝しているからだと思う。
私の母は良く眠る。今日も学校から帰ってくるとリビングでいつもと変わらず、眠っている母が私をむかえるだろう。

京都府 女性

中高生の部佳作

【安心するんだよ】

ベットを買った時、初めて1人で寝た
だけど怖くて不安で寝れなかった
結局、すぐにお母さんと同じ部屋で布団で寝るようになったね

こないだまできていた反抗期
お母さんのこと嫌いで、お母さんを無視したら、
怒られて喧嘩して、
久しぶりに1人で寝た
けど、やっぱり寂しかった

お母さんと寝るとぬくもりを感じられる
辛いことがあってもぐっすり眠れるんだ
ありがとう

群馬県 女性

中高生の部佳作

【あなたのような母になりたい】

私は早起きが苦手です。平日はともかく、休日は目覚ましをかけていても二度寝、三度寝をしてしまいます。私が飛び起きるのは、寝ながら鼻血が出た時くらいです。そんな私は学校がある土曜日に苦労します。母に叩き起こされて慌てて学校にむかったことが、何度もあります。今は自分で起きて学校へ向かうようになりましたが、それでも母は『明日自分でおきや、おこさないよ』と言いながらも、朝、私がちゃんとおきているか確認しに来てくれます。
休日なのでまだゆっくり寝る時間があるのに、私のことを心配して、わざわざ私が起きる時間にあわせてくれているのです。とても優しい母だと思います。私はそんな母が大好きです。私もいつか母になる日が来た時、自分の母の様に、優しくて子供想いな母になりたいと思います。お母さんいつもありがとう。私もいつか、ありがとうの言葉を貰えるような母になります。

京都府 女性

中高生の部佳作

【トントン。。。】

眠れないときお母さんがよくトントンと手でリズムをとり寝かしつけてくれたけどお母さんのトントンは少しずつゆっくりになっていく。
いつも朝から晩まで忙しかったお母さん
いまになって築いたこと沢山あるよ
大きな手だったお母さんの手が今では私の方が大きい
どんどん小さくなってくね
今度はわたしがお母さんを手伝うね
いつもありがとう

東京都 女性

中高生の部佳作

【母の手は魔法の手】

小さい頃、夜が怖かった私はいつも両親の間に挟まれて寝ていました。単身赴任だった父がいない時も母の左側が私のポジションでした。
私の家族はみんなテレビでホラー番組を見るのがとても好きでした。なので夜になると番組で見た幽霊が襲いかかってくるのではないかと番組を見た夜はいつも眠れませんでした。
しかし眠れない時は隣にいる母を起こして一緒に起きていてもらいました。そして何を話す訳でもなく、ただ私の体を優しく叩いて寝かせてくれました。
そうすると5分も経たないうちに私は眠りに落ちていくことが出来ました。
どんなに怖くて怯えていた夜もいつも母のおかげで眠れていました。母の手はまるで魔法の手のようでした。
今考えてみると幼い頃の私はいつも母の愛情に包まれて寝ていたのだなと思います。

京都府 女性

中高生の部佳作

【母の笑顔】

私は母が布団を取り込んでいると懐かしい気持ちになります。
幼い頃、母が布団を取り込んでいる姿を見ていて、部屋に布団がいれられた瞬間、布団に飛びこむのが好きでした。
その時、落ちつくいい匂いがして、母のようだと感じました。いい気持ちになってうとうとしていると母がまた?っとあきれたように言います。そして、布団を引っぱってくるのですが、それも楽しみとしていたことでした。
母が引っぱる布団につかまり、一緒に引きずられるのが楽しくて、母の怒る声もおもしろくなり、笑っていると母も笑っていてそれが嬉しくて心までポカポカするのを幼いながらに感じていました。
今は母と話しをする機会も減っています。けれども、母が布団を干してくれたのに気づくと、幼い頃に見た姿を思い出して心の中で感謝しています。
言葉にするのは難しいけれど、いつか直接ありがとうと伝えたいです。
お母さん、いつもありがとう。

長崎県 女性

中高生の部佳作

【受け継がれる母の愛】

小さい頃から一緒に寝てきた母と、高校生になってからはひとり暮らしなどにそなえて別々に寝ることになりました。
夜具合が悪くなって起こしたり、おねしょで起こしたり…
思い出してみると小学生のときは起こしてばかりいました。
深夜疲れている母を眠れないと起こすと無言で手を握ってくれたり、冷えた私の足に自分の温かい足をくっつけてくれました。
母にそのことについてありがとうと伝えると、自分も小さいときに母にそうしてもらっていたと語っていました。
やさしさは受け継がれるんだなと心が温かくなりました。
別々に寝始めた今でも、寒いときは冷え性の私を心配し、湯たんぽを寝るときに渡してくれています。

福島県 女性

中高生の部佳作

【ママの顔とお化けの顔】

怖い話が好きだけど、夜になると怖くなってしまうことが多く、怖い話を聞くと、「ママ、一緒に寝て。」といって、一緒に寝てもらいました。
「ママの怒った顔と、お化けの顔、どっちが怖い?」ときかれて、「ママの方が怖い!」と答えると、手をぎゅーっと握ってきて、痛かったけどなんだが安心しました。
今でも怖い話を見ると、そんなことを思い出します。
お母さん、いっぱいいっぱいありがとう。
これからも、よろしくね。

静岡県 女性

中高生の部佳作

【さすがお母さん】

私のお母さん毎日お昼寝しています。かなり気持ち良さそうに。しかも夜もすぐに寝付きます。朝までぐっすり。私はお昼寝したらなかなか夜寝付けないので何故そんなに寝れるのか母に聞いてみました。すると母のベッドのマクラの下から化学の教科書が。高校の時100点満点で9点だったらしく、化学は大の苦手だと。特に化学式のページをみると間違いなく5分以内には寝れると。さすがお母さん。私も今度寝付けない時は歴史の教科書を開いてみます。

熊本県 女性

中高生の部佳作

【空柄の枕】

私の家には、空柄の枕があります。この枕は私が生まれたころに母が手づくりで作ってくれました。私の名前が「そら」なので空柄の生地をかってきて作ってくれました。母が作ったあとに私はさっそくその枕をせもたれにして使っていたそうです。今でも、その枕はあり、家で大切に使っています。テレビを寝ながら見る時などに使います。私が生まれたころからある思い出がたくさんつまった空柄の枕をこれからも大切にいつまでも使い続けたいと思います。

鹿児島県 女性

中高生の部 審査員の方々(順不同)

  • 大谷大学准教授 博士(文学) 冨岡量秀様
  • 株式会社京都西川 営商企画事業部部長 小山田修二

小学生の部 審査員賞

【ぼくの中の虫】

毎月1回ぼくはお母さんの布団にお泊まりをする。といってもぼくはもう小学4年生だ。普段は一人でちゃんと寝れるし,男っぽくしている。

でも月一回だけぼくの中に甘えん坊の虫がやってくる。そのときはお母さんに「今日は一緒にいい?」と素直に言える。お母さんの布団の中は温かくて気持ちいい。本当は明日もあさっても一緒に寝たい。でもそれは絶対に言わない。いつか甘えん坊の虫がいなくなるまで、これからもよろしく、お母さん。

埼玉県 男性

小学生の部 審査員賞

【ママ ねてても 私好き?】

ママと一緒に寝ていたら ママが寝言。 しづ(私の名前) しづちゃーん。ママ、寝ててもしづのこと、考えてるのかな? かわいいね まま。

北海道 女性

小学生の部 審査員賞

【いつも『ありがとう』】

僕は、いつもかあちゃんと寝ています。もう三年生になったらかあちゃんと寝られないので残念です。でも8年間もかあちゃんとねられているので嬉しかったです。
いつもねるときに左手の親指とおかあさんのゆびのあいだをにぎにぎしていつもねていました。テレビをおふろの前にみすぎてかあちゃんと寝る時間が少なかったときもありました。妹がいるのでつぎは、妹がかあちゃんとねるかもしれません。かあちゃんに『いつもいっしょにねてくれてありがとう』といったことがないので、この作文で『ありがとう』というきもちをつたえたいです。

京都府 男性

小学生の部 佳作5選

中高生の部佳作

【おねえさんだから】

わたしに、いもうとがうまれたとき、おかあさんはいもうとのとなりで、まいにち、いもうとのねるのをみてました。はなしかけるとシーっていわれてさみしかったけれど、いもうとが3さいになってみんなで手をつないでいっしょにねれるようになって、いまはうれしいよ。

京都府 女性

中高生の部佳作

【お母さんのとんとん】

僕は、小さいころ、よくぜんそくのほっさをおこしました。
そのとき、お母さんが夜ねるときにぼくのせなかを手で
とんとんしてくれました。
しんどいときも、とんとんしてくれるとすこしらくになりました。
今はあまりほっさはおきませんが、たまにとんとんしてと
いうと、お母さんは、笑いながらとんとんしてくれます。

兵庫県 男性

中高生の部佳作

【あったかいお母さん】

お母さんとは低学年までずっと一緒にねていました。
いまでも休みの日のごろごろお昼寝しています。
お母さんの寝てる息の音をきいているといつのまにかこっちもねむたくなってねてしまいます。
お母さんの横でねむるといつもあったかいです。
安心のおふとんです。

富山県 女性

中高生の部佳作

【僕のママは、可愛い】

僕は、ママと寝る前にハグしてから寝るよ。でも、たまに布団の中で、オナラをしてしまった時は、お互いに笑ってゴメンねーと言える親子だよ。ママ、休みの日に一緒に遊んでくれてありがとう。

東京都 男性

中高生の部佳作

【お母さんのぬくもり】

小学校二年生の春、私はギランバレーという体が動かなくなってしまう病気で入院していた。一人でねる病院のふとんは冷たかった。お母さんは毎日朝七時に来てくれるけど、病院の決まりで夜七時には家に帰ってしまう。そうすると私のいる個室も暗くなって、さみしくてねむれなくなる。そのことをお母さんに伝えると『かわいそうに』といって私の頭を撫でてくれた。その日もまた、お母さんが帰らなければいけない時間になってしまった。でもお母さんはお医者さんのところへ行って、一所にねれるようにお願いしてくれた。私は喜んだ。お母さんがベッドの横で、色々な話をしてくれるのを聞いているうちに、私はねむくなってすぐに寝てしまった。
あれだけ冷たかったふとんもその夜はずっと温かかったことを病気が治った今もはっきりと覚えている。

神奈川県 女性

小学生の部 審査員の方々(順不同)

  • 株式会社京都西川 営商企画事業部部長 小山田修二
  • 株式会社京都西川 営商企画事業部 高田真理絵

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