京の彩り・染と織

花筏(はないかだ) 

2015年03月

春爛漫と咲き誇る桜に、心躍らせる季節が近づいてきました。京都にも桜の名所は多くありますが、枝垂桜が有名な円山公園も毎年多くの花見客で賑わいます。その円山公園から少し南にさがったところに、高台寺があります。このお寺は、豊臣秀吉の妻である北政所が、秀吉の菩提を弔うために建てたお寺です。高台寺には、秀吉と北政所を祀る霊廟があり、その霊廟はさまざまな文様の蒔絵で装飾されています。これらの蒔絵は、「高台寺蒔絵」とよばれ、桃山時代に特徴的な蒔絵様式です。

高台寺の霊屋内陣の須弥壇の階段部分には、桜の花をモチーフにした花筏の文様が描かれています。花筏文様とは、流水に花と筏を描いた文様です。花は、桜花の散るさまであったり、種々の折枝の花であったりします。須弥壇には、流水と筏、桜の花が伸びやかに描かれています。

近世になると小袖にも花筏文様がみられるようになります。江戸時代には、現在の和服につながる衣服を小袖と呼んでいました。小袖の装飾が華やかになると、小袖のデザインブックである雛形本が出版されるようになりました。

友禅ひいながた『友禅ひいながた』(国立国会図書館蔵)

『友禅ひいながた』は友禅文様を集めた雛形本で、この本にも「花いかだ」のデザインがみられます。『友禅ひいながた』の「花いかだ」文様は、地色を「ゑどちや」(江戸茶)にして、桜は金銀の泥も用いて彩色すると記されています。花筏は、優雅な文様として近世の染織品にしばしば用いられ、能装束にもみられます。

江戸時代には、染織、蒔絵、陶磁器など、身のまわりの工芸品にさまざまな装飾がほどこされました。これらの品々から、公家や武家、裕福な町人たちが、豊かな生活文化を享受していたことがうかがえます。

京都華頂大学教授 馬場まみ

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